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◆ 大津舎 (おおつや) の名前の由来

 

「江戸時代の旅人を魅了した大津絵のように
多くの人から親しまれ、そして身近な存在として、
人々がやどる場所になりますように」

という意味を込めています。
 
一番最初の店舗名 「笑福屋」について
 

店舗名が決まるまでの間、自分なりのドラマがありました。

最初につけた名前は「笑福屋」です。
絵師 河口邦山が描く笑福縁起画にちなんでいます。

「笑」がたくさんの福を招いてくれますように。
そして「笑福屋」の商品を手にとったお客様からたくさんの笑みが
広がりますようにとの願いをこめ、名前を決めました。

 
「笑福屋」から「大津屋」への変更
 

その後、私がとても尊敬している方から、笑福屋という屋号はありがちなのではとの
ご意見をいただき、「大津屋」という名前を提案していただきました。

「おおつや」・・・日本だけでなく海外の方からも覚えやすく、響きがやわらかい名前です。

そして何よりも江戸時代に描かれていた「大津絵」を多くの人に知っていただくためにも
「大津屋」はぴったりの名前だと思いました。

そして漢字の名前にこだわっていたので、この条件にもぴったりです。
漢字は文字としてだけでなく、デザインとしてもとても形が美しいので、
カタカナや英語の名前ではなく漢字を使いたかったのです。

また、もう一つのこだわりが、 江戸時代のように語尾に「屋」をつけることでした。
これは私が子供の頃、祖父と毎週観ていた「水戸黄門」が大好きだった影響なのです。

 
柳宗悦と柳宗理から学んだこと
 

絵師の河口邦山も、私も残念ながら「大津」の出身ではありません。

展示会でお客さまから、「何故、神奈川で『大津絵』なのですか?」という
ご質問を受けます。

絵師の河口邦山は、岩手県にある、鬼を専門に扱った美術館に作品を展示したときに
「この鬼の絵は大津絵のようだ」と言われたことから、大津絵に興味を持ち、
次第にその世界に惹かれていきました。
いろんな絵を描いていますが、
晩年はずっと『大津絵』を描き、大津絵を伝えていきたいと願っています。

では、私にとって「大津絵」はどういう存在なのか考えました。

東京・駒場に日本民藝館があります。
日本民藝館は、民芸(民衆的工芸)運動の開拓者であり、宗教哲学者でもあった
柳宗悦が同志とともに民芸運動の本拠地として設立しました。
ここには、日本や外国から収集された工芸が1万7千点以上もあり、多くの大津絵も
収蔵しています。

以前情報収集のため、大津を訪問した際に、大津絵師の松山先生から、
大津絵のことを知りたければ日本民藝館に行きなさい。
そして柳宗悦について勉強しなさい。

と助言していただきました。

その後、日本民藝館でたくさんの江戸時代の大津絵をみた帰りに、本館の向い側にある
柳宗悦旧宅(西館)を訪れました。

2階の部屋には柳宗悦が書いた大津絵に関する原稿がたくさんありました。
原稿用紙に万年筆で書かれた文章は温もりにあふれ、
民芸の美を探究した柳宗悦の強い想いが時代を超えて伝わってきました。

しかし、無名の人が作る道具や工芸品の中に美しさを見出した柳宗悦にとってみれば
大津絵は大津絵のまま 変わらないこと が理想のような気がいたしました。

今の私は、江戸時代の大津絵をアレンジして現代に蘇らせようとしています。
私がやろうとしていることは、正しいのだろうか?
と悩みました。

ある日のことです。 偶然、1983年発行の季刊「銀花」の中に柳宗悦の名前を見つけました。

日本でも有名なプロダクトデザイナーであり、柳宗悦の長男・柳宗理が
父・柳宗悦について書いた文章でした。



「過去及び現在は未来のために在る」(季刊「銀花」54号より)


柳宗理は、父、柳宗悦が残した民藝論や理想を、なんらかの形で未来に活用し、
未来に引き継ぎ、新しい健康的なものを生まなければならないと書いてありました。

この文章を読んだときに、
私には、私にしかしかできない使命があるのだと思いました。

大津絵を多くの人に知っていただき、
そして河口邦山の絵をもっと多くの人に見ていただきたい。

今自分がそう思うのなら、時代も地域もはなれているけれども
大津絵を大切に思うひとりとして「大津屋」の名前を大切に使わせていただこうと思いました。


 
そして最終的な店舗名の決定
 

しかし、またもや問題発生です。
「大津屋」の店舗名は他業種ながら同名があるため、変更しなければならない
状況になりました。

大切な「大津屋」という名前は既に分身のようなものです。

同じように「大津」の名前を使った名前を考えてみました。
大津工房、大津本舗、大津堂、大津坊、大津庵。

しかしどの名前もしっくりきませんでした。
「おおつや」の名前をどうしても、どうしても!使いたいと思いました。

そこで最後の切り札を使うことにしました。
「屋」の字を「舎」に変更することです。

私にとってこの「舎」は特別な漢字です。
骨董屋の友人から、この漢字も「や」と読むんだよ聞いたときから、
漢字一文字なのに、なんて洒落ているのだろう、そして粋だな、と思っていました。

ですから「舎」の字を使うのは、ここ一番という時だと思っていました。
それが今なのだと思った私は、
店舗名を「大津舎(おおつや)」に変更いたしました。



何かに導かれるように、この名前に決まったような気がします。
実はこの名前、「おおくの艶」という隠れた意味ももたせています。

「艶」という漢字には味わい、おもしろみ、愛嬌などの意味があります。
味わいがあって、面白くて、愛嬌のあるお店にしたいと思っています。

天から授かったような大切な名前ですので、
この名に恥じぬよう、頑張ります。


大津舎 店長 芹沢佳江  
 
湘南から発信中
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